コポコポラ

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ニンゲン、インゲン、呪詛

やる気があるうちにどんどん行こう〜ということでどうでもいい話をします。最近の私の空想です。

 

 ◇

 

ニンゲン?

インゲン?

どっちなの?

ニンゲン インゲン ニンゲン インゲン ニンゲン インゲン ニンゲン…

インゲン

やっぱり、インゲンなのね

 

 目の前の女子が独特の調子で歌うへんてこな歌詞に、おれは目眩がした。ランドセルをどさっと置き、彼女の注意を引く。

「サチコ、なんの歌なんだよ……」

「あらケイタ、来てたの」

「けっこう前からいたっつーの。お前が理解不能の歌を歌ってるから声かけらんなかっただけで……」

「あら、ごめんなさいね?」

 軽やかに優雅に彼女は言う。あまり謝罪の意を感じられない。極めて遺憾である。

 彼女の名前はサチコと言う。少しばかり古風な名前を本人は嫌っているが、おれは本人の装いと足し引きしてちょうど良いじゃないかと思っている。

 サチコは、原宿で買ったというふりふりの黒のワンピースを身に纏い、頭のてっぺん近くで髪を二つに結んでいた。切り揃えた前髪にはこだわりがあるらしく、この間ふざけて水をかけたら前髪にかかってしまって、二週間口を聞いてもらえなかった。

 喧嘩の仲裁を頼んだ姉ちゃんからは、「もう小学六年生なのにあんたたちは……」と呆れられるし、とんだ災難だった。

 とにかく、サチコに関わるとろくなことがない。生まれてから十二年間、お隣さんをやってきて出した結論だった。

 なのに、どうして「お隣の幸子ちゃん、夏休みの宿題やってないんですって」と母さんから聞かされたらとんできてしまうのだろうか。

「サチコ、変な歌を歌ってないで、宿題やるぞ」

「あらケイタ、自分の持ってきてくれたの?」

 サチコ越しにまっさらのドリルが見える。今日は夏休み最終日だ。「あら」なんて余裕こいてる場合じゃないだろ!と揺さぶりたい。

「ケイタ、助かったわ。今絶望して呪詛を詠っていたところなの」

「あの変な歌は呪詛だったのか。でもどうして人間、インゲンなんて……」

 軽い気持ちで聞いたのに、サチコはひどく真剣な顔をした。おれは釣られて息をひそめる。

「言霊ってあるでしょう」

「ああ、なんか聞いたことあるな」

「古来より、言葉には力が宿るとされてきた。願いを乗せた言葉は力を持ち、言葉通りの結果が得られる、と」

 サチコの声は、キーは子供らしく高いのにひどく落ち着いている。その声を正面から聞くとこちらまで厳かな気持ちになってくる。おれは、ゴクリと唾を飲む。

「だから私は、周りをインゲンマメと思い込むことにしたの」

「はっ?」

 驚きで、おれは飲み込みかけていた唾を吐き出した。ばっちい。

「明日は始業式で、宿題を提出する日よね。そこで私は恥をかくわ。周りの人間に笑われるなんて耐えられない。そうだ、インゲンマメだと思い込めばいいんだわ、と思ったの」

「くだらねえ〜」

 サチコは真剣な顔のままで、こちらを揶揄っている様子はない。サチコはいつだって大真面目に馬鹿なのだ。

「やるぞ、サチコ。写していいから」

「全部写すのは申し訳ないわ。半分は自力でやる」

「なんで若干余裕があるんだお前は……」

 夏休み最終日の朝だというのに、彼女の余裕は崩れない。インゲンマメの歌を歌ってたくらい焦ってるくせに、とおれは彼女をこづいた。

 

 ◇

 

 「よし、あとは自由研究だけだな」

 おれはやれやれと肩を撫で下ろす。時刻を確認すると午後四時三十七分。思ったより余裕がある。それもこれもとにかくおれのドリルを写すように強制した結果だ。

「研究テーマどうしよう。何かやりたいことあるか?」

 時間に余裕ができたのだから、これくらいは本人に決めさせてあげてもいい。サチコは自立心が強い。こだわりが強いとも言い換えられる。しかし、仏心を出したことをおれはすぐに後悔することになる。

「私、学校の怪談を調べたいわ」

 おれは首を捻る。トイレの花子さんとか、そういうのを調べたいのだろうか。

「えーと、どんな怪談?」

「情報収集から始めるのが、研究よね。さあ、調査に学校へ向かいましょう」

 それはつまり、情報ゼロからのスタートだということで。しかも、ネットで調べられる情報では満足できないということで。

 おれは信じられない思いで叫んだ。

「サチコ、明日が提出日だってわかってんのかよ!」

「わかってるわ」

 鷹揚に彼女は頷く。その微笑みに、サチコはどこかの国の偉い姫で、おれは滑稽な部下なんじゃないかという錯覚までしてきた。なんでお前はそんなに余裕そうなんだ。頼む、焦ってくれ……!この、午後五時になろうかとしてるときに学校へ行こうとするな。

「ケイタ、今まで本当にありがとう。あとは私一人でやるから大丈夫よ」

 もう彼女の気持ちは固まっているらしい。

 おれは脱力した。もう、放っておいていいんじゃないかとおれの中の常識が囁いた。だって、この女が勝手にしたいだけだろう。おれは関係ないじゃないか。そうだよな、そうだ、そうだ……。

 しかし、夏休みの宿題を手伝いにきた、と告げたときのサチコ母の反応を思い出す。「ありがとねえ、ケイタくん」そう言って、サチコに内緒で成城石井のアイスを食べさせてくれた。

 アイスの恩義には、報いねばなるまい。

 成城石井のアイスは、ダッツよりも、値段が高いのだ。

 おれは目に光を取り戻し、サチコに告げた。

「いや、待てよ。わかったよ、おれもやるよ」

「? 別にやんなくていいのに」

「やらせてください! ていうか、お前が何かやらかしたらおれまで怒られるんだからな……」

 こうして、おれたちは夏休み最終日、夜の小学校へと向かった。自由研究のための、怪談探しだ。

 

 ◇

 

「おばけ、出ねえじゃん」

「おかしいわ。ケイタ、威嚇でもしてる?」

「してねーよ。おれのせいにすんな」

 小学校についたはいいものの、なかなか心霊現象には遭遇しない。このままでは自由研究がパアだ。

 おれはため息をついた。

「サチコ、諦めて家に帰ろうぜ。もう午後七時だ。日も沈んで、不気味だし」

「うーん、そうね」

 意外にも、サチコは同意を示した。彼女なりに、宿題を案じてはいるらしい。

「ケイタ、帰りましょう。でも、帰る前にちょっと花壇に寄っていい?」

「いいけど、サチコ、花好きだっけ」

「この間の登校日に寄ったら、きれいだったの。花壇で、ニンゲンとインゲンの歌を思いついたのよ」

「登校日って、二十二日?」

「ええ、私はクラスのみんなが宿題の進捗を話しているのを見て、震えあがったの。まだ手をつけてない私は、きっと始業式で笑い者になるんだって怖くなって、人間がインゲンに見える歌を作ったの」

「そんな前から宿題終わるか怯えてたなら、もっと早く片付けられただろ」

「ケイタ、正論は時に人を傷つけるわ」

「傷ついてないくせによく言う」

 おれたちはそんな会話をしながら、花壇にたどり着いた。

 すると、声が聞こえてきた。

 

ニンゲン?

インゲン?

どっちなの?

ニンゲン インゲン ニンゲン インゲン ニンゲン インゲン…

ニンゲン

やっぱり、ニンゲンなのね……

 

 おれはげんなりする。また、サチコが変な歌を歌っているのだ。

「おい、やめろよ」

 おれはサチコの方を振り向くと、サチコは強張った顔で固まっていた。

 口は、動いていない。彼女が唇を震わせて口を開く。

「ケイタ、私、歌ってないよ……」

 

ニンゲン インゲン ニンゲン……

 

 声は、たしかにサチコの声だったけれど、声の主は、花壇だった。

 花壇が、歌っていた。

「なんか、やばいな」

「走ろう、ケイタ」

 おれたちは後退り、一斉に走り出した。花壇から離れたはずなのに、尚も、声は追いかけてくる。

 

ニンゲン インゲン ニンゲン……

 

 走りながら、おれたちは問答をする。

「サチコ、『あれ』がどうやったら止まるのかわからないか!?」

「わかったらやってるわ! わからないから逃げてるんじゃない! あーもう、ただ歌を作っただけなのに!」

「あの歌は、どうやって作ったんだ!」

「花占いをしながら作ったの。あっ、もしかしたら、あの時、私最後『インゲン』じゃなくて『ニンゲン』にしちゃったのかもしれない……!」

 たしかに、あの声は「やっぱり、ニンゲンなのね」と歌っていた。今朝サチコから聞いた歌詞は「インゲンなのね」だった。

「だから、ニンゲンに執着して襲ってきてるってことか。どうすれば止められるんだ、そんなの!」

 くそっとおれは舌打ちした。言葉は力を持って、暴走してしまったのだ。

「もしかしたら、花壇の花に近づけば何かできるのかもしれないけど……」

 そこでサチコは黙る。原因が花壇の花にあるにしても、そこへ近づくということは、踵を返すということだ。すぐ背後には、『声』がいる。

 おれたちは、声に捕まったら終わりだ、と直感していた。どうなるかはわからないが、とにかく終わりなのだ。

 おどろおどろしい気配の前に、楽観視はできなかった。何より、この声からはニンゲンへの執念を感じた。

 息が乱れる。喉が痛い。

 もうすぐ門が見えてくるはずなのに、一向に見えない。声もぴったりと張りついている。

 サチコの泣きそうな声が聞こえてきた。

「ケイタ、私たち、また花壇に向かってる……!」

「そんな!」

 たしかに前を見ると、先ほど出発したばかりの花壇があった。時空が歪んでしまったみたいに、外へ出られなくなっているようだった。

 

 おれは観念して立ち止まる。このままでは、二人とも声に捕まってしまうと思った。

「サチコ、言霊ってあるって言ってたよな」

「ええ」

「おれたちは助かる、絶対に」

「そうね」

「おれが囮になるから、お前は花壇で原因を探れ」

「ちょっと、やだ、ケイタ!」

 叫ぶサチコを放って、おれは言い終えるや否や、踵を返した。後ろにいた声は、より近くにいたニンゲンであるおれに興味を示した。

 すでにおれは息が上がっている。喉からはマラソンの時みたいに血の味がした。それでも、追いつかれるわけにはいかないと、地面を蹴る。

 

 それでも、疲労が増して遅くなってしまう。

 疲れ知らずの『声』にとうとう追いつかれそうになった、その時。

 

 サチコの声がした。

「ニンゲン インゲン ニンゲン インゲン……私たちはインゲン。人間じゃ、ないよ」

 本物のサチコが、花壇で、花びらを散らせていた。

 

 声は「おれたちがインゲン」というのを聞いて、おどろおどろしい雰囲気を弱まらせる。おれは気が抜けて、その場に立ち止まった。

 

「ケイタ!」

 

 サチコの声で、おれは我に帰る。声が最後の力を振り絞って、おれに襲いかかってきた。声は、おれを諦めていなかった。

 一度力を抜いた体では、おれは身動きが取れない。

 終わりなんだ、と思った。けれど、もう一度サチコに名前を呼ばれた。サチコの声がすぐ隣からした。

「ケイタ!」

 あのサチコが、髪をぐしゃぐしゃにして、こちらへ手を伸ばしている。おれは、少しだけ、感動してしまった。

「なにやってるのよ! 早く手をとって!」

 彼女には、いつもの余裕なんてかけらもなくて、おれは迫力に押される。

「……ああ」

 サチコが、おれの手をひっぱる。声がおれを捕らえるより先に、サチコがおれを捕まえた。

 声は、完全にいなくなった。

 

 危機を乗り越えたおれたちの吐息だけが、夜の校庭にこだましていた。

 

 おれたちの夏休みは、この出来事を自由研究として完成させるまで終わらない。

 

 ◇

 

ニンゲン、インゲンの歌は実際に私が最近よく歌っているものです。むかつく人間がいたときに「あんたらそれでも人間かよ(笑)」の気持ちで作りました。気持ちはこもっているので、案外呪詛になったりして〜と思ってこの話を書きました。

 

読んでいるみなさんも、もしムカムカしたら自作の呪詛でも作ってみてください。

 

おしまい